Japanese

瑠璃 (Sapphire)

水の中で焔が静止する
そこで音のない冷たさに
身をたじろがせ
言葉は終り
無音のままで瑠璃を見つめる

あまりに悲しいとき
なぐさめの材科さえ持てず時間を崩解させ
深い樹々のあいだの
夜を貫くものだけに頼って
ひたすら通り過ぎるのを
ただ待つしかないのだろうか

悲しみの理由をわかりたくない
それは知るよりも前に
ひっそりと静かに
遠くに小石を放り投げるように
誰にも告げずに
返す言葉もなく
ただ少しだけ微笑して
忘れられた海を渡り
立ち去って
何もなかったように身をこなし
湖の上で風に吹かれよう

悲しみの色は
と聞かれたら
口をつぼめて
ゆっくりと返答したい
るり
るり
瑠璃 と

透きとおった湖水の青さに
いつしか酔うことができたなら
やわらかに涙を流し
集めた失望を
静かにひそやかに瑠璃の谷へ落す

それを祈りのように
そして呪文のように
瑠璃と つぶやき続けるとき
思いに耽った青緑の光が
ようやく玉の露となって
逃げ出してゆく苦痛を
ゆっくりと拭いながら
まだまだすべてを失ってはいない
という別の呪文を
想い起こさせ
満たしてくれる潮のように
親しげに見守るもののように
暗い森を照らして
狭い小道を歩いてゆける

白髪 (White Hair)

白髪を抜いて差しあげましょうか
もうわたしがして差しあげられること
少なくなってしまいました

十本抜けばこと足りた昔日
すぐに眼光きびしい顔に戻りました
今、三十本抜いても
四十本抜いても
変わりばえしなくなってしまいました
面差やわらかく
少年の含羞をしのばせます

さみしさを訴えるには
あまりにも堅牢で誇り高く
不便さを訴えるには
あまりにも人を手段とせず
不実を訴えるには
あまりにもリベラルがわかりすぎる

白髪は
根元から生えてくるのでしょうか
それとも
発毛が終わりを告げるために
変わるのでしょうか
白髪を抜けば
少しでも終わりのいのちが
のがれられるのでしょうか

白髪を抜いて差しあげましょう
もう私にできることは
少なくなってきました
全部抜かねばならなくなったとしても
抜き続けましょう
いのちに終わりがあることを
忘れられる時間のために

手相 (Palm Reading)

この子は
生命線が途中で切れているさかい
病気か
事故で
はよう死ぬかもしれへんして
いうて
いつも いつも
手相みてくれはった

昨日もみたやないの
そやけど
少しは伸びてるかもわからへんし
伸びてへんでも
せめて
生命線なごうなるようにと
エンピツで濃う濃う
なぞって
手首まで描いてくれはった

感情線は支線が多うて
疳の虫が強いし
結婚線は何本もあって

いやらしい子や
きっと身持ちが悪いわ
こんな線 淫らやな

母の生命線は
やはり短かったのだろうか
結婚線は
多情多恨に描かれていたのだろうか
幸福線は薄かったのだろうか

明日を信じる者へ (To Believers in Tomorrow)

神を信じる者でなかったとしても
永遠というものを
つかみとることができない者だとしても
何千億年も前の記憶を
未来に奏でる曲に託して
無念の涙を越えて
迷宮の露地に翻弄されることなく
明日を信じる者に
祈らずにいられない

それは
自然の理の中で
その暴走に突き落とされた世界でも
夜明とともに
大空に羽ばたく鳥たちの声を信じて
明日に歌い続ける中でこそ
視えてくる真実があることを
祈らずはいられない

どんな過酷な条件でも
季節の流れを
光で受けとめ
木々に新しい芽をふきこみ
枝々に咲かせる明日の花に
祈らずにはいられない

遠くアンドロメダ星群まで続く
宇宙の蘇生
ブラックボックスからはぢけ出た因果として
大いなる意志を持っても
又持たなくても
時間と空間に
一瞬の透明な光を
求める明日に
祈らずにはいられない

神を信じる者でなかったとしても
闇の中から這い出し
明日を信じる者に
祈らずにはいられない

ギタリスト (Guitarist)

無音の震音(トレモロ)が聴こえるかい。

アマリア、もう哀しい唄を歌わずともよい。
ここにはだれもいない。
わたしもギターは置いてきた。

アマリア、もう失くした夢を嘆かずともよい。
おまえ独りではない。
ほら、わたしがいる。

アマリア、わたしに何でも望んでおくれ。
おまえを誰よりも良く知っている。
おまえがそうであるように。

聴こえるかい。
わたしたちのこころに同じ旋律が流れている。
たとえおまえが歌わずとも。
わたしがギターを伴わずとも。

使者 -わたしは鳩の死に出会った- (Messanger -I met the death of a dove-)

無実の鳩よ、
硝子窓に飛び込み
和毛(にこげ)を散らして墜死した鳩よ。

もう朝焼けを見ることもなく
友の問い啼きに応えることもない。
芝生の上の塊となってしまったから。

乾いた嘴にそっと
四葉のクローバーを添えてあげよう。

おまえは悪意のえじきではない、
人を恨まないでおくれ。
平和の使者でありつづけておくれ。

ファド (Fado)

大航海の洋上、
リスボンを振り返るものは誰もない。
魂はすでに喜望峰にあるから。

裏町の一隅で
「朝な夕な行き来する
漁りの舟が妬ましい」
とファドを唄うのは一人の女。

それを聴いて涙するのも
もう一人の女。

雨の昼下り、
寄せ引く波のように
愛された記憶が女の現今(いま)を洗う。

ファド―待ち女のための
ポルトガル情唄(うた)。

ペガサス (Pegasus)

これではない。
これはあの波ではない。
至福へ導き
私を滅ぼす波ではない。

これでもない。
これもあの波ではない。
虚しさを閃光で充たす
無上の波ではない。

待たれるのは
大洋の彼方から駆けてくる
大うねりの波頭、
幻の白馬。

待たれるのは
生命の海から
無窮の宇宙(そら)へ
翔ぶというペガサス

蓮 (Lotus)

泥から生まれたというのに、すっくと立つ誇り高い御身。その逞しい茎は地上よりまっすぐ伸び、水の上に届く。そのひろやかな葉は、水に支えられて浮かび、小さな露を遊ばせ大きな露を水へ返そうとゆるやかに揺れている。

蓮よ。あなたを愛しいなんてとても言えない。花なのに、あなたを拝したく思う。
朝、未明。静けさがひときわ張りつめる瞬間に、あなたは輝かれるから。

蓮よ。あなたを悲しそうなんてとても言えない。花なのに、あなたを信じたく思う。
タ、薄明。静けさがひととき安堵する時間に、あなたはほほ笑まれるから。

たった4日間の命のあと・・・・
やがて時がくれば、泥の中で厳しく他者を退けておられたあなたは、もういい、もう十分だと思われたら、眠るようにまるで端々から溶け、泥そのものになられる。

あなたにお暇(いとま)は言えない私は、いつまでも光る泥を見つめて佇んでいる。そして水底を思う。輪廻。再び生きる準備を果たしているあなたと再びまみえるその日を。

涙のワジ (Wadi of Tears)

風が泣いている。
オアシスに刻まれている筋は
涸谷(ワジ)だ。

風が巻いている。
金色の太陽に蔭るのは
涸谷(ワジ)だ。

河が流れていた
遠い昔。
今は砂が砂を食む。

水よ、一粒の水よ。
草よ、一本の草よ。
生きとし生けるものよ。

「失った時は戻らない」
地球のつぶやきを耳に、
わたしは涙の跡を見る。